して、船長室に駒井甚三郎を訪問しました。
 その時も、柳田平治は、例の三尺五寸の大刀を差込んで、駒井の部屋へ行ったのですが、刀があちこちに触りそうで、一方《ひとかた》ならぬ窮屈を感じながらも、少しもこれを手ばなすことをしないのです。
 駒井甚三郎の船長室へ案内されて見ると、なにもかも一種異様の感触を与えずには置きません。
 その室内には、見馴れぬ舶来の機械や、図絵が満ちている。室内の調度そのものも、大きなデスクを置き、椅子を並べ、絨毯《じゅうたん》を敷いて、この日の本の国の建築の間取座敷とは、てんで感じを異にする。その大きな卓子《デスク》の前に、海図をひろげて、椅子に腰かけている当の船長そのものの風采《ふうさい》が、また、恐山から出た柳田平治にとっては、予想だもせざる異風でした。
 面貌風采は、たしかに日本人に相違ない。髪も赤くはないし、眼も碧《あお》くはないのだが、その漆黒の髪は散髪で、ザンギリで、そうして着ているところのものは洋服で、穿《は》いているのはダンブクロ。柳田平治は、最初この船へ乗せられた時から、異様の情調に堪えられなかったのですが、この船長室へ入れられて、船長その人に当
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