、さすがに、それをぶちのめす者もない。お松だけがかいがいしく、
「マドロスさん、あなたにも全く困りものです、みんながドノくらい心配したか知れやしません、まあ、ともかく、わたしの船室へいらっしゃい、委細をお話ししてから、船長様へ、わたしがお詫びをしてあげます」

         百四十四

 最後にバッテイラから、本船に上った短身長剣――柳田平治は、
「では、君たち、あの小舟の始末を頼むよ」
と言い捨てて、続いて船室へと導かれて行こうとすると、そこへ、いつのまにか檣《ほばしら》の上から下りて来た清澄の茂太郎が立ち塞がって、
「君――田山先生は帰らないの」
「あ、田山先生はな……」
と柳田平治は、この少年のために甲板の上に暫く抑留の形となって、
「あとから帰るよ」
「では、七兵衛おやじは――」
「七兵衛おやじ――そんな人は知らんよ、そんな人は知らないけれど、田山白雲先生は、もう三日したらこの船に戻られるはずだ」
「そうですか――さあ、その三日のうちに、七兵衛おやじが見つかればいいが……」
 柳田平治は、この少年の、ませた口の利《き》きぶりを怪しむのみではない。その後生大事に左の小脇にかい
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