て、ものを言いかけましたから、
「はい、さようでございます」
とお松が答えました。
「拙者は、田山白雲先生から頼まれまして、二人の人を送ってまいりました」
「それはそれは、御苦労さまでございます、どうぞ、それからお上りくださいませ」
 無名丸の方でも、篝《かがり》を焚き、梯子を投げかけてくれたものですから、その時バッテイラの舳先にいた短身長剣の男が、櫓《ろ》を控えてテレきっているマドロスを促して、
「マドロス君――君さきに上り給え、そうだ、萌《もゆる》さん――君、マドロス君、萌さんをおぶって上り給え」
「キマリ悪イデス」
 マドロスが、いやに尻込みするのを、短身長剣が、
「きまりがいいも悪いもない、君、そのままで萌さんをおぶって、早く上り給え」
「デハ――もゆるサン……」
 マドロスが無恰好の背中を向けると、毛布を頭からすっぽりかぶったままの兵部の娘を、短身長剣が押しつけるようにして、マドロスの背中にたける[#「たける」に傍点]と、やむことなく、それをおぶい、それにおぶさって、二人はまずバッテイラから本船に乗り移る。出でむかえて見ている水夫共は、苦々しい面をして睨《にら》みつけているが
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