くわかる。
それと知って、船の乗組は一度に動揺しました。
「なに、マドの奴が帰って来たと、よく面《つら》を面と戻って来やがった、今度こそは、とっつかまえて、ぶっちめろ」
さすがに訓練されたこの船の水夫たちが、手ぐすねを引くのも無理のないところであります。
お松は、それをなだめるのに力を尽しました。
「たとえ、あの人が悪いにしても、戻って来たからには、きっと、後悔をして、お詫《わ》びをするつもりで来たのでしょう、それを、いきなり手込めにはできません、船長様の御裁判を仰いで、それから処分をしなければならないのです、皆さん、決して、手荒なことをなさいますな」
ほどなく船腹へ漕ぎつけられたバッテイラには、紛うかたなきマドロスがいる。兵部の娘らしいのが面《かお》を蔽《おお》うて寝ている――
「田山先生」
と、お松が一番先に出て、このバッテイラを迎えると、当然、保護して来たと思われる田山白雲らしい姿も、声もないのが、やや異常に感じさせました。
「この船は、駒井甚三郎殿の無名丸でございますな」
容貌|魁偉《かいい》なる田山白雲の姿の見えない代りに、短身長剣の男が一人|舳先《へさき》に突立っ
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