の俗調のうちに、かぎりなき哀音がありました。
 感傷が唄をうんだのか、唄からまた更に感傷が綻《ほころ》び出したのか、右につづいて清澄の茂太郎は唄い出しました、

[#ここから2字下げ]
一つとやあ
柄杓《ひしゃく》に笈摺《おいずる》
杖に笠
巡礼姿で
父母を
尋ねようかいな

二つとやあ
二人で書いたる
笠じるし
一人は大慈の
神だのみ――
悲しいわいな

三つとやあ
三つの歳には
捨てられて
お父さんや
お母さんの
面《かお》知らず――
[#ここで字下げ終わり]

 つまり、ありきたりの巡礼唄を無造作にここまでうたい来《きた》ったのですが、急にまた歌と調子とを一変した茂太郎は、

[#ここから2字下げ]
あたたかく
握り合う
その手がないので
私はひとり
合掌して
長い黙祷に沈むのです

やさしく
笑《え》みかわす
その瞳がないので
私はひとり
瞑目《めいもく》して
涯《はて》なき想念に耽《ふけ》るのです

ついに
めぐり逢えない
私の魂は
…………
[#ここで字下げ終わり]

 こういう詩を高らかに吟じ出したのですが、その声は、ひとり演説の時に比べて、はるかに晴れやかなものになって
前へ 次へ
全551ページ中385ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング