る
七兵衛おやじは
容易には
この船へ
戻っては来まい
と思われる
[#ここで字下げ終わり]
こましゃくれた言い方ではあるが、その咽喉は澄みきっているから、聞きようによっては、詩を朗吟するように聞きなされて、静かに耳を傾けていると、決して悪感《あっかん》は起らない。
だから、この船の内外でも、茂太郎の出鱈目《でたらめ》がはじまると、最初のうちは苦笑したものですが、今ではそれがはじまると、かえって自分たちが鳴りをひそめて、そのうたうだけを歌わせ、聞けるだけを聞いてやるという気になって、わざと静まり返るようにもなっている。そこで、このごろでは、茂太郎は、その壇場を何人にも乱されることなく、ほしいままに占有することを許された形になっている。
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マドロス君のような
だらしない奴でも
また憎めないところがある
戻って来れば
私は悪い気持がしない
七兵衛おやじが
当分戻れないと
考えると悲しい
悲しいのは
そればかりじゃない
たずねて
わからない人が
幾人もある
逢いたいと
思うけれども
逢えない人が
この世に
幾人もある!
[#ここで字下げ終わり]
こう言って、茂太郎
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