証拠もたしかです。
米友は遠慮なく、中へ入って調べてみると、米塩があり、炊爨具《すいさんぐ》があり、経机があり、経巻があり、木魚があり、鉦がある。たしかにここで、或る期間、行いすましていた修行者があったのだ。
「南無妙法蓮華経と書いてあらあ」
机の上の経巻を取り上げた米友はこう言って、また投げるように机の上へさし置いた時に、縁に腰かけて休んでいた弁信は、何と思ったか、頭高に負いなしていた琵琶を、えっちらおっちらと背中から取卸してかたえに置くと共に、自分は腰かけたままで、つくづくとものを考えさせられているもののように、首低《うなだ》れてしまいました。
その間に米友は、いっさんに後ろの高い巌角の上にはせ登って、そこに突立って、琵琶の湖水の展望をほしいままにしました。
「素敵だなあ! 豪勢だなあ!」
と、方向を物色することは忘れて、風景の大観に見惚《みと》れてしまったようです。
米友は、久しく海を見ませんでした。この道中は名にし負う木曾街道でしたから、海というものを眺める機会があろうはずがない。ゆくりなく、尾張の名古屋城の天主閣へ登った時、海が見えないとは言わないが、海を見るより鈴鹿
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