しかしながら、これは米友の眼の誤りでないことは勿論《もちろん》、弁信の勘の間違いでもなかったのです。
竹生島を南へ三里余の湖上に、竹島というのがある。一名|多景島《たけしま》ともいう。そこへ二人は小舟を着けたのです。悲しいかな、能弁博学の弁信法師も、竹生島あることを知って、竹島あることを知りませんでした。米友に至っては、巧者ぶった弁信の鼻っぱしを少々へし折ってやった気持で、揚々として舟を沿岸の一角につけてみました。
そうして置いて、弁信を舟から助け出したのですが、その時に弁信は、もう座前へ置いた琵琶を頭高《かしらだか》に背負いこんで、杖をつき立てていました。
米友が案内に立って、この岩角の一方に路を求めつつ島の表口へ出ようとしたが、篠竹《しのだけ》が夥《おびただ》しく生えていて道らしい道がないので、押分け押分け案内をつとめ、ようやく小高い一角へ出ると、そこで早くも弁信のお喋《しゃべ》りが展開されてしまいました。
「米友さん――やっぱり違いました、この島は竹生島ではございません」
「じゃあ、何という島だ」
「何という島だか、わたくしは聞いてまいりませんでしたが、たしかに違いま
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