方面へ進んでしまう――と信じ切っていたのに、眼前に島が現われた時間からいえば、まさに竹生島に到着してもよい時間になっている。そうして、両眼の明らかな、心術の正直な同行の人が、現物を指して、島があるというのだから、弁信が考え込まざるを得なくなったので、
「米友さん、違やしませんか、もしやそれは、水の上や海岸に起りがちな蜃気楼《しんきろう》というものではありませんか――そちらの方に竹生島があるとは、どうしても考えられません」
それをも米友は、頑《がん》として受けつけないで言いました、
「蜃気楼なら、おいらも伊勢の海にいて知っているよ、あんな竜宮城とは違うんだ、そら、あの通り岩で出来て、木の生えた島が浮いている」
「では、やっぱり、竹生島でございましょうかしら、いつのまにか舟が北をめぐって、そうして竹生島の裏へ出たのかもしれません、そういうはずはありません、断じてありませんが、事実が証明する上は仕方ございません、わたくしの勘のあやまちでございましたか、或いは出舟の際の水先のあやまりでございましたか……」
「とにかくあの島へ舟を着けてみるぜ、いいかい、弁信さん」
百三十六
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