ちな、弁信さん、お前さっきから目も見えねえくせに、方角が違うの、この分では島へ着けないのと、ひとりぎめでやきもき言っているが、論より証拠だ、見な、島が見えるよ、つい、その鼻の先に、立派な島が浮いてるよ」
「えッ――島がありますか」
「見な――と言ってもお前にゃ、見えねえんだな、おいらのこの眼で見て間違えがねえ、そら、ちゃんと、この指の先に島があらあ」
米友が指さす前には、たしかに蓬莱《ほうらい》に似たような島が浮んでいることは間違いがないのです。それは雲の影とあやまるにはあまりに晴天であり、陸岸の一部と見るには輪郭が鮮かに過ぎる――指さす目的物は見えないが、弁信が全く小首を傾げてしまいました。それは、今まで信じ切った自分の勘というものに自信が持てない。そういうはずはない。眼で見ることには見誤りがあっても、勘で行くことには誤りがないと、自ら信じて疑わない弁信法師が、この場合、正直な米友から、明白にこう証言されてみると、それをも疑う余地はないのです。
自分の勘によると、この舟は全く針路を誤ってしまったから、このままでは目的の竹生島へは行けないのみか、かえって全くそれと相反《あいそ》れた
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