めていただきましょう、そうして、ゆっくり、わたくしがこの頭で考え直します、そうして、全く心を置き換えて、再び舟出をし直さなければ、竹生島へはまいれませんのでございます」

         百三十五

 米友が、ついに堪りかねて、憤然として弁信のお喋りの中へ楔《くさび》を打込みました。
「わからねえ、わからねえ、お前の言うことは一切合財《いっさいがっさい》、ちんぷんかんぷんで、早口で、聞き間に合わねえが、つまり、舟の行先が間違ったというんだろう、なあに、間違やしねえよ、爪先の向いた方へ真直ぐに漕いで来たんだ」
「それが、米友さん、自分は真直ぐなつもりでも、出発点というものが誤ると、その真直ぐが取返しのつかない道へ突っかけるものなのです、竹生島へ参りますには、戌亥《いぬい》へ向いて参らなければならないのに、この舟はいま未申《ひつじさる》の方へ向いて進んでいるのです、これでは竹生島へ着きません」
 米友は櫓の手を止めて、弁信の言葉にはあんまり耳を傾けず、渺々《びょうびょう》たるみずうみの四辺をグルグル見廻しておりましたが、急に威勢のはずんだ声を出して、
「待ちな――」
と言いました。
「待
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