うたい出しになりましたね、それ、十七姫御が旅に立つ、それを殿御が聞きつけて、とまれとまれと袖を引く……ずいぶんおもしろい唄で、無邪気なものでございましたが、それを唄い出しているうちに、米友さんの気持が急に変ってしまいました、その変ったことがわたくしの勘にはありありと分ったのです。あれを唄いかけて、あのところまで来ますと、何か昔のことを思い出したのに違いありません、たとえば故郷の山河が眼の前に現われて来たとか、幼な馴染《なじみ》の面影が前に現われたとかいうようなわけで、何かたまらない昔の思い出のために、米友さんは、あんなに急に気が荒くなってしまって、さっさ押せ押せ、下関までも、と自暴《やけ》に漕ぎ出してしまったのです、それに違いありません。それがあんまり変ですから、わたくしもこの頭の中で、米友さんの胸の中を、あれかこれかと想像しているうちに、おぞましや、自分も自分のつとめを忘れてしまいました。あなたに舟を漕いでいただいて、わたくしが水先案内をつとめねばならぬ役廻りでした、それを一時《いっとき》、わたくしはすっかり忘れてしまったのです。眼の見えないわたくしが、水先案内を致すというのも変なも
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