ざいますが、ちょうど今はまだ冬季に入っておりませんし、比良山にも雪がございませんそうですから、舟はどこまで行っても安心だそうでございます。ですから、外から起る波風の点におきましては、大安心のようなものでございますけれども、米友さんの胸の中に、波風が起ったばっかりに、舟がこの通り行方をあやまってしまいました、この舟で、この方向へ漕いでまいりましては、決して私共の心願のある竹生島へ着くことはできませんでございます」

         百三十四

 弁信が、さかしら立って、息もつかずまくし立てるので、さすがの米友も啖呵《たんか》を打込む隙《すき》がないのです。
「ねえ、米友さんや、さきほどもわたくしが、あなたに向って申しました、毫釐《ごうり》も差あれば天地遥かに隔たると申しました。それです、長浜の岸を出た時のあの調子で参りますると、舟は無事円満に竹生島へ着くことができたのです、それが途中でこんなに方向がそれてしまいましたのは、水が悪いわけではなく、また舟のせいでも、櫓のせいでもございませんのです、米友さんの心持一つなのです。なぜといって、ごらんなさい、あのとき米友さんが、いい御機嫌で鼻唄を
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