そうでございます、そうして、あちらの日本海の方から参りまする雪という雪が、みんな比良ヶ岳の山に積ってしまうのだそうでございます、それで、そのわりに雨というものが少ないものでございますから、雪の解けることがなかなか遅いそうでございまして、冬から春さきにかけますと、沿岸の平地の方は温かになりますのに、山中及び山上は、甚《はなは》だ冷たいものでございますから、そこで温気と寒気との相尅《そうこく》が出来まして、二つの気流が烈しく交流をいたしますものですから、それが寒風となって琵琶の湖水に送られる時が、たまらないのだそうでございます。波風は荒れ、舟は難船いたし、人も災を蒙《こうむ》ることが多いのだそうでございます。そこで、この時分を、比良八荒《ひらはっこう》と申しまして、事に慣れた漁師でさえも、出舟を慎しむのだそうでございます。藤井竹外という先生の詩に『雪は白し比良山の一角 春風なほ未《いま》だ江州に到らず』とございました、あの詩だけを承っておりますと、いかにも比良ヶ岳の雪は美しいものとばかり思われますけれども、そういう荒い風を送るということを、わたくしは一昨日、胆吹の山住みの翁から承ったのでご
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