しましては、多少の不安もございますので、湖岸の臨湖の渡しというのをたずねてまいりましたのですが、はからずもあなたという人にめぐり会ってみますると、うん、それなら、おいらが舟を漕いで渡してやる、お前のそういう結構な願がけから起ったんならば、おいらが舟を漕いで渡してやる、二里や三里は一押しだい! とおっしゃられた時は、わたくしは魂が天外に飛びましたのでございます。これぞ竹生島の弁財天が、特にわたくしのために金剛童子をお遣《つか》わし下されて、数ならぬわたくしの琵琶をお聴きになりたいとの御所望――こうまで先走っておりましたのに、半ばにして音声が変りましたねえ」
百三十三
「ごらんなさい、米友さん、あなたが、あそこでちょっと気が変ったばっかりに、この通り舟の方向が、すっかり変ってしまいました。毫釐《ごうり》も差あれば天地はるかに隔たるとは、まことにこの通りでございます」
米友はその時、櫓《ろ》を休めて、眼をまるくして弁信の面《かお》を見ていましたが、
「なんと、お前という人はよく喋る人だなあ――ひとり合点で、ちんぷんかんぷんを言ったって、おいらには分らねえ」
と怒鳴りま
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