た宇治山田の米友は、呆《あき》れ面に弁信の面を見詰めていましたが、ちょっとお喋りの呼吸の隙を見て、
「よく、喋る人だなあ、お前さんという人は……」
と言いました。
 米友は、お喋りが即ち弁信であり、弁信が即ちお喋りであることを、まだよく知らないから、一気にまくし立てられて呆れ返るばかりでありましたが、弁信の減らず口はまだ続きました。
「ねえ、米友さん、この舟は、下関や玄海灘へ漕ぎつけていただくのではございません、ほんの、この目と鼻の先の、竹生島まで渡していただけばそれでよいのです、そのことは米友さんもよく御承知の上で、わたくしが、さいぜんあの城跡のところで、わたくしの希望を申し述べますと、あなたが急に勇み立って、よし、そういうわけなら、おいらがひとつ舟を漕いで渡して行ってやる、なあに、三里や五里の間、一押しだい、と言って、特にこのわたくしを小舟で、竹生島まで送って下さるという頼もしいお言葉でございましたから、わたくしは、これぞまことに渡りに舟の思いを致さずにはおられませんでしたのでございます。仏の教えでは『到彼岸《とうひがん》』ということを申しまして、人を救うてこちらからあちらの岸に渡
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