るような空気もございませんのに、ただ、米友さん、あなただけが、荒れ出してしまい、それから後のあなたの舟の漕ぎっぷりというものが、まるで無茶ですね、無茶と言えなければ自暴《やけ》ですね。さっさ押せ押せ、と言いながら、そうして自暴に漕ぎ出してからのお前さんは、いったい、この舟をどこまで漕ぎつけるつもりなのですか。下関といえば内海の果てでございます、それから玄海灘《げんかいなだ》へ出ますと、もう波濤山の如き大海原《おおうなばら》なんでございますよ。ここは近江の国の琵琶の湖、日本第一の大湖でございますが、行方も知らぬ八重の潮路とは違います、それだのに、米友さん、お前さんの、今のその漕ぎっぷりを見ていると、本当に下関まで、この舟を漕ぎつけて行く呼吸でした。下関までではございません、玄海灘――渤海《ぼっかい》の波――天の涯、地の角までこの舟を漕ぎかける勢いでございました」
百三十二
お喋《しゃべ》り坊主の弁信法師は、一気にこれだけのことを米友に向ってまくし立てたが、その間も安然として舳先《へさき》に坐って、いささかも動揺の色はありません。
こちらは、いささか櫓拍子をゆるめ
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