来たのは」
と言ったのは、まごうかたなき宇治山田の米友であったのです。
紛う方なきといっても、知っているものは知っているが、知らないものは知らない。まして、弁信はまだ米友を知らず、米友はまだ弁信を知らなかったのですが、ここで初対面の二人は、存外イキの合うものがありました。
一見旧知の如しという言葉もあるが、弁信は米友を見ることができないから、一勘旧知の如しとでもいうのでしょう――こうして二人は、湖岸の古城址の間で、相対して問答をはじめました。
百三十
湖岸に於ける二人の初対面の問答を、いちいち記述することは保留し、とにかく、それから間もなく二人は、こうして真一文字に舟を湖面へ向って乗り出したのです。
勢いよく、小舟の櫓《ろ》を押しきっている宇治山田の米友は、櫓拍子につれて、
[#ここから2字下げ]
十七姫御が
旅に立つ
それを殿御が
聞きつけて
とまれ
とまれと……
[#ここで字下げ終わり]
思わず知らず、うたい慣れた鼻唄が鼻の先へ出たのですが、何としたものか、急に、ぷっつりと鼻唄を断ち切った時、そのグロテスクの面に、一脈の悲愴きわまりなき表情が浮びまし
前へ
次へ
全551ページ中358ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング