た。
そこで、ぷっつりと得意の鼻唄を断ち切って、悲愴きわまりなき表情を満面に漲《みなぎ》らしてみたが、やがて櫓拍子は荒らかに一転換を試みて、
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さっさ、押せ押せ
下関までも
押せば
湊《みなと》が近くなる
さっさ、押せ押せ
それ押せ――
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実に荒っぽい唄を、ぶっ切って投げ出すような調子に変りました。
唄が荒くなるにつれて、櫓拍子もまた荒くなるのです。
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さっさ、押せ押せ
下関までも
押せば
湊が近くなる
さっさ、押せ押せ
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以前の調子に比べると、鼻息も、櫓拍子のリズムも、まるで自暴《やけ》そのもののようです。
自然、小舟の動揺も、以前よりは甚《はなは》だ烈しい。しかし、抜からぬ面で舳先《へさき》に安坐した弁信法師の容態というものは、それは相変らず抜からぬものであり、穏かなものであると言わなければなりません。
それからまた、湖面の波風そのものも、以前に変らず、いとも静かなものだと申さずにはおられません。
湖も、波も、人も、舟も、すべて穏かであるのに、漕ぎ手だけが突変して荒っぽいものに
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