吹《いぶき》の上平館から、机竜之助の影を追うて飛び出して来た宇治山田の米友が、長浜の町へ来てその姿を見失い、そうして、たずねあぐんだ末が湖岸の城跡に来て、残塁礎石《ざんるいそせき》の間に、一睡の夢を貪《むさぼ》っていた宇治山田の米友であります。
 胆吹の御殿から、胆吹の山上を往来していた弁信法師もまた、飄然《ひょうぜん》として山を出て、この長浜の地へ向って来たのです。
 米友がここへ来たのは、竜之助の影を追うて来たのであるが、弁信の来たのは、竹生島へ詣《もう》でんがためでありました。
 弁信法師が竹生島へ詣でんとの希望は、今日の故ではありません。
 彼は習い覚えた琵琶の秘伝の一曲を、生涯のうちに一度は竹生島の弁財天に奉納したい、というかねての希望を持っておりました。
 今日は幸い、その希望を果さんとして、これから舟を借りて湖面を渡ろうとして、長浜の町から臨湖の渡しをたずねて来たのですが、そこは、勘がいいと言っても盲目のことですから、湖と陸との方角は誤りませんでしたけれども、臨湖の渡しそのものが湖岸のいずれにありやということを、たずねわずろうて、そうして、ついこの湖岸の城跡のところまで来
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