、宇津木さん、もう何時《なんどき》でしょう、夜が明けるんでしょうか、夜中なんでしょうか、わたし、ちっとも見当がつきませんわ、宵《よい》の口から、真夜中のような気がしてるもんですから」
「そうだな、いやもうかれこれ、夜が明ける時分だろう」
「わたしも、もう寝つかれませんわ、起きちゃいましょうか知ら」
「いや、まだ、そうしてい給え、寒いだろう。どら、一《ひと》くべ火を焚いて進ぜる」
と言って兵馬は、薪を取って火を盛んにしました。女は相変らず蒲団《ふとん》の中に腹這いながら、
「済まないわねえ、わたし、心からあなたにお気の毒だと思ってよ」
「そうお気の毒お気の毒いうな、君たちが心配するほど毒になりはせぬ」
と兵馬が言いました。
「でも、わたしだけが、かりにもお蒲団の中に横になっていて、あなたに、お手水へ連れて行って頂戴のなんのと言ったり、火を焚いていただいたり……」
「やむを得ない」
「ですから、わたし、もう起きちゃいますわ。起きて、あなたと一緒に、その囲炉裏《いろり》の傍でお話をしましょう」
「かえって寒いよ――眠れなければそのままで、話をし給え、拙者がここで、聞き手になって上げる」
「で
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