ったか」
「ですけれども、あなた、お手水場が、外のあんな遠いところにあるでしょう」
「うむ」
「わたし、一人で行けやしないわ」
「うむ」
「ですからね……あなたに連れて行っていただきたいと思いましたわ」
「うむ……」
「うむうむ、おっしゃったって駄目よ、失礼しちゃうけれども、あなたに連れて行っていただかなけりゃ、あんな遠いはばかりまで行けやしませんもの。でも、あんまりあなたがいい心持で舟を漕いでいらっしゃるから、起して上げるのが気の毒になってしまって……」
「うむ」
「あなたを起して上げるのはお気の毒だけれども、わたし一人じゃ、この夜中に、戸の外へ一寸だって出られやしません」
「意気地がないな」
「そりゃ、あなた方とは違ってよ、怖いわ、狼がいるわよ。そればかりじゃない、なんだか外には仏頂寺が待っていそうで――怖くてたまらないから、とても一人じゃお手水に行けないし、あなたはよく眠っていらっしゃるし、わたしずいぶん気を揉んじゃいました」
気を揉んだと言いながら、こうもぬけぬけとしているところを見れば、さし当りお手水の方も解決がついてしまったらしい。
百二十五
「ねえ
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