を押したか開いたかそのこともわからず、仏頂寺と丸山とが、東へ行ったか、西へ行ったか、その痕跡に頓着もなく、兵馬はやみくもに走り出したのです。
「おーい仏頂寺君、おーい丸山君」
こう言って、続けざまに叫び且つ走りました。
道は、山が高く頭上を圧し、谷が羊腸《ようちょう》として下をめぐっている。谷の底から実に鮮かな炎が、紫色の煙と共に吹き上げている。
「ははあ、あの二人が畜生谷と言ったのが、これだな、畜生谷……」
兵馬はその異様な谷を見渡すと、谷をめぐる一方の尾根を縦走しつつ、談笑して行く二人の者の姿を遥《はる》かに認めて、
「おーい、仏頂寺君、丸山君、待ち給え、待ち給えよう」
この声で、豆のような姿に見えた縦走の二人が、歩みを止めて、こちらを見返りました。息せき切った兵馬は、
「あんまりあっけないから、追いかけて来たのだ、でも、追いついてよかった」
とはいうものの、あちらは遥かに峰の高いところにいる。
「何だ、宇津木、何しに来た」
と、仏頂寺が上から見おろして答える。兵馬は谷間に突立って、
「大切のことを君たちに聞き落したから追いかけて来たのだ、ちょっと、もう一ぺん戻ってくれな
前へ
次へ
全551ページ中338ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング