いてみると、留めることができなくなったよ。いや、理由もなにもありゃしないんだ、理由なき理由なんだね。そこで、仏頂寺がどうあっても腹を切るというから、それなら、おれも一人じゃ生きていられない、君が刀で腹を切るなら、おれはお手前物の毒薬を飲む――君も知ってるだろう、おれは長崎で蘭医の修業をやりそこねた書生くずれなんだ、そこで、仏頂寺とああやって心中を遂げたんだが、ずいぶん苦しかったぜ。しかし、今はいい心持だよ――ところで、君はどうだ、我々がこうして美しく人情に殉じていることがわからず、それに一遍の回向《えこう》もせず、とむらいの真似《まね》もせず、一途《いちず》に後難を怖れて、知らぬ面《かお》に引上げてしまったじゃないか。それもまあ、事情やむを得ぬとして、君は我々に見換えても、その女を保護する役目を買って出たのは感心だ、今度はしっかりやれよ、いったん引受けた以上は、最後まで見届けるんだぞ、仏頂寺弥助と丸山勇仙の二人に見換えて、旅芸者一人に人情を尽してみたい君なんだから、今度はいいかげんにおっぽり出すと承知しないぞ」
能弁な丸山勇仙がしきりにまくし立てる。兵馬はそう言われると、なんだか自分
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