悪いから」
「何が悪い」
「おたのしみのさまたげをしては悪いからな」
「君までが……けしからん」
と、兵馬はまたも気色ばんで詰問の語気になると、戸の外でどっと笑いました。
その笑った声は、仏頂寺弥助と丸山勇仙と、二人の混合した声なのでしたが、その笑い声を聞いて、はじめて兵馬がゾッとした鬼気に襲われざるを得ませんでした。そうするとまた同時に、
「何が怪《け》しからん」
と外で言ったのは、丸山勇仙の声です。兵馬は直《ただ》ちにそれに応じて言いました、
「怪しからんじゃないか、おたのしみだの、おさまたげだのと、奇怪千万な。人を見て物を言い給え」
「は、は、は」
とまた外で、二人が声を合わせて笑い出したから、
「何がおかしい」
兵馬が、むっとしてたしなめると、
「だっておかしかろうじゃないか、芸妓《げいしゃ》を連れて道行をすれば、これがおたのしみ[#「おたのしみ」に傍点]でなくて、世間のどこにおたのしみがあるのだ、おたのしみをおたのしみと言われて、腹の立つ奴がよっぽどおかしい」
と言ったのは、やはり丸山勇仙の声であって、同時に、
「は、は、は」
と笑ったのは、二人の合唱です。
「いよいよ君
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