心得ている」

         百二十

 宇津木兵馬は、仏頂寺弥助の柄にない遠慮ぶりが不審でたまりません。
 いつもならば、案内がなくとも闖入《ちんにゅう》して来る男である。
 今夜はいやに遠慮しているうちに、その言う言葉つきがなんとなく冷たい。戸一枚を隔《へだ》てて話をしているようだが、実は幽明を離れて応対しているような心持がしないではない。
「おい、宇津木、うまくやってるな」
と、もう一つ別な声が同じく戸の外から聞えて来ました。
「誰だい」
「わからないかえ」
「もう一ぺん――」
「わかりそうなものだね、僕だよ」
「あ、君は丸山君だな」
「そうだよ、そうだよ、仏頂寺あるところに丸山ありだ」
「君も――」
「仏頂寺と一緒に、うろついて来たよ」
「君も無事で――」
「無事であろうと、有事であろうと、そんなことはいいじゃないか」
「なんにしても意外だ――しかし、何はともあれ、入り給え、今も仏頂寺君にそう言っていたんだが、仏頂寺君がいやに遠慮をしている、変だと思っているところだ、君からさきに、こっちへ入って来給え」
「いや、せっかくだが、僕もよそう」
「どうして」
「どうしてったって、
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