これは仏頂寺君らしくもない遠慮だ、なかへ入り給え」
「止そうよ、悪いから」
「何が悪い」
「おたのしみのさまたげをしては悪いからな」
「ばかなことを言え」
と兵馬は躍起となりました。ところが、外なる仏頂寺の声はいとど平然たるもので、
「馬鹿ではないよ、そこは仏頂寺も心得ているよ」
「いやに気を廻す、仏頂寺君らしくもない言いぶりだ、かまわないから、戸を押して入ってくれ給え」
「いけないよ、ここで話そうよ、我輩《わがはい》は外に立っている、君はなかに居給え」
「どうも、気が知れない、この夜寒に外に立ちつくす君の気が知れない、といって、僕ばかりなかにあたたまっていて、君を外に置いて話もできないではないか、なかへ入ってくれ給え、実は都合あって、一時、君の目を避けていたのだが、こうなってみると、聞きたいことが山ほどある、入ってくれ給え」
「いやだよ――こっちはかまわないから、君だけはそこにいて、いま言ったな、何かこの仏頂寺に聞きたいことがあると言ったが、ずいぶん知っていることは聞かせてやろう、遠慮なくたずね給え、こっちにも君には大いに話して置きたいことがあったのだ、峠で逢えずにしまったのを残念に
前へ
次へ
全551ページ中331ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング