頂寺君か」
「まあ、いいよ、そうしておれよ」
戸の外からしきりに声をかける仏頂寺の言葉つきは、存外、落着いたものでありました。そうして、たしかに仏頂寺の声に相違ないと、兵馬の耳にはとおるのです。
「君は――君は」
と兵馬が少し気色《けしき》ばんで吃《ども》ると、外から仏頂寺の声で、
「そう驚かんでもいいよ、小鳥峠の上で立派に腹を切った拙者が、こうして、うろついて来たから、君は狼狽《ろうばい》しているだろう、あわてるな、あわてるな」
「あわてはしないけれども、君はどうしてここまで来たのだ」
「どうしてだっていいじゃないか、今更そんな野暮《やぼ》を言うない、仏頂寺は、君と知った時以前から亡者なんだ、亡者として、ふらふら旅をした身の上は、君も聞いて知ってるだろう、仏頂寺弥助は加茂河原で、北村北辰斎のために斬られているのだ」
「では、小鳥峠の上で自殺したのは、ありゃ誰だ」
「誰だっていいじゃないか、亡者となってみれば、死にかわり、生きかわり、ふらふらと盲動するのが身上だ」
「では、なんにしてもなかへはいったらどうだ、焚火もよく燃えているよ」
「いや、はいるまい、はいっちゃわるいだろうな」
「
前へ
次へ
全551ページ中330ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング