飛ばすまい、落ちて来たものは最後まで受留めてみせる――怖ろしいことでも、辛いことでも、いやなことでも、嫌いなことでも、なんでもかでも、落ちかかったものを、じっと最後まで受留めてみよう。これをもって平常底の行持《ぎょうじ》とすることに決定《けつじょう》する。
そこで、この女に対してすらが、もうこうなった以上は、以前のように振り捨てまい。振り捨ててしまえば、また仏頂寺に攫《さら》われる。いや、仏頂寺はすでにこの世に亡き人だが、仏頂寺以外の奴にさらわれる。さらわれたってかまわないようなものだが、その尻拭いがまたこっちへ報って来るのだ。今度はひとつ、女の言いなりになって見せる。それが修行だ。
百十九
兵馬が柱にもたれて、うつらうつらしていると、外で夢路をたどるように人の叫び声がある。
「宇津木、宇津木」
「はっ」
と兵馬は我に返ったが、どうも気のせいか、その声が、仏頂寺弥助の声のように思われてならないから、
「誰だ」
「おれだよ」
「誰だ」
兵馬はもう一度、念のために耳を傾け直すと、
「おれだよ」
「誰だ」
「声でわかりそうなものじゃないか、仏頂寺だよ」
「やあ、仏
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