――また言う、わたしの知っている加賀の金沢へ落着いて、そこで、この三百両のお宝を資本《もとで》にして、自前で稼ぎましょうよ、あなた兄さんになって頂戴――あたし、あなたには何も苦労させないで、立派に過して見せますよ。
ばかな――芸妓屋の亭主気取りで納まっていられる身と思うか。
それはそれとして、こうなってみると、この女との縁はここでは切れない。加州金沢へ落着きたいと言っているが、とにかく安心のできる人里までは送り届けてやらねばならない腐れ縁だ。
腐れ縁といえば、信州の浅間の湯から、この女にとりつかれている。浅間の湯の祭礼の晩、この女が酔っぱらって、おれの寝床の中へもぐり込んで、グウグウ寝込んでしまった時からはじまっている。それが、ゆくりなく、中房の湯で、またぶッつかってしまった。やがて、この女に甘えられて、中房から松本まで月の夜の道行とまでなったが、途中でこの女は、仏頂寺、丸山にさらわれてしまったのだ。
たよられる義理はなかったのだが、たよられてみての上で、見届けることをせず、みすみす仏頂寺の鬼手に任せてしまった後は寝醒めがよくなかった。それから白骨の湯――平湯峠――高山へ出て、
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