上だけを見つめているらしい。遠く人の気配を見ているのではない、地上ばかりを伏目になってじっと見てらっしゃる。
おかしいわね!
福松にも、兵馬のその凝結した形の所以《ゆえん》がわからないのです。兵馬は峠の上に通りかかった仏頂寺の動静を見に来たのですから、どうでも遠目に人を見る形になっていなければならないのに、地上ばっかり見ている。その形が福松にはわからない。わからないなりに、我慢して待っていても待っていても解けない。あのまま石になってしまったのではないか。
百十六
じりじりと、我慢しきれない福松は、そのままじりじりと一歩一歩兵馬に近づいて行ったが――あんまり静か過ぎるのでつい、声をかけてしまいました。
「宇津木さあん――何してらっしゃるのよ」
「あっ!」
と、女から叫びかけられて、兵馬が呼び醒まされたのです。
立ち尽している兵馬は、驚愕の目をあげてこちらを見ましたけれども、それは、夢から醒めたような驚愕で、なぜ来た! 怖いから来るな! というような暗示は少しもなかったものですから、福松ははたはたと走り寄って来ました。
「宇津木さん、何をぼんやりしていらっしゃ
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