れが届いている。回向院にはこんな醜怪な大坊主の石像などはないはず。また、自分の足にしてからが、いくら危急の際でありとはいえ、あれから回向院まで走り続けられるはずはないのだ。よし自分が走り続けられたとしても、周囲の人が許すはずはないのだ。根岸から三輪へかけて、自分の足であの咄嗟《とっさ》の間に走り得られる限りに於て、こんなグロテスクな土地の存在があり得ようとは、神尾はどうしても想像がつかない。一時は、まだ薪小屋の夢が醒めないのではないかと疑ってみました。
 思い返してみても実際は実際なのだ。そういう空想に耽《ふけ》るよりは、早くこの現実の場を脱出して、正当な帰途につかなければならぬ、それが急務だ、と主膳の目では、醜怪にも悪魔にも見える地蔵尊の前を過ぎて、ほんの少少ばかり進んだと思うと、
「あっ!」
と、またしてもこの男にも似気《にげ》なく、二の足、三の足を踏んで立ちすくんだかと見るほどに、たじろいで、やっと身を支え得たかのように突立ちました。おともの者があらば周章《あわ》てて、「どうあそばされました」と介抱するところでしょうが、ともはありません。そこで踏み止まった神尾主膳は、また凝然《ぎ
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