す》め、女をさらって行ったように、彼等は三田の薩摩屋敷を巣窟として、白昼、お膝元荒しをやっている。
 その奇怪の亡状――上野の山内にまで及んでいるということだ、もはや堪忍《かんにん》が成り難い、当然、目に物見せてやらなければならぬ、近いうち――
 こういう問題になると、悪食連の中に、おのずから真剣味が湧いて来ました。これらの連中は、大小高下にかかわらず、いずれも直参《じきさん》という気性は持っている。慷慨義憤の士というわけではないが、宗家が辱しめられるということになると、決していい気持はしない。剣を撫《ぶ》して起つような気概もありました。

         百十二

 神尾主膳は、百姓を斬って異常なる昂奮から醒《さ》めた瞬間には、どう考えても、自分の行動が無茶であったとしか考えられません。
 では、今日まで、無茶でない仕事を、神尾主膳がどのくらいして来たかとたずねられるといささか窮するでしょうが、それにしても、今日のこの行動は、無茶過ぎるほどの無茶であることを考えさせられる。
 千住三輪の街道というものは、神尾が通行するために特に作らせた街道ではない。天下の大道である以上、百姓が通っ
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