に息が絶えているのは、今も今、問題にしていた鐚でした。
「鐚だ」
「鐚が気絶している」
「水を吹きかけろ」
「鐚――鐚やあーい」
 呼び続けると、直ちによみがえりました。
「鐚――気がついたか」
「鐚――しっかりしろ」
「鐚――」
 広間へ担《かつ》ぎ込んで、そうして事情を聞いてみると前段の始末です。
 それ! と集まった悪食連のうちから、逸《はや》り男《お》が飛び出してみたけれども、もう後の祭りで、町の巷《ちまた》の動揺もすっかり静まり返っていたところですから、手持無沙汰で帰っては来たが、このままでは済まされない。鐚は鐚で休息させて置いて、一手は神尾の行方を突きとめにかかりました。
 しかし、それも大っぴらにしてはかえっていけない。神尾のやり方が穏かでないにきまっているから、騒いだ日には藪蛇《やぶへび》になるばかりか、自分たちもとばっちり[#「とばっちり」に傍点]を蒙《こうむ》るにきまっている。内々で手分けをして探してみたけれど、根岸の宅へも戻っていない、さりとてとり押えられたという気配もない。杳《よう》として消息が知れないから、まあもう少し落着いてゆるゆる探してやろう。本心に立ちか
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