あんまり遅い」
「根岸からだから、ホンの一足だ、拙者は青山から来ている」
「拙者は割下水《わりげすい》――」
彼等は、ひたすら神尾と鐚とを待兼ねている。それがこの問答でもよくわかる。
してまた、問題の三輪の金座というのも、この問答によって、ほぼわかりかけている。現に道楽者が集まって、神尾の来ることを待ちわびているこの屋敷が、即ちいわゆる三輪の金座なのだ。
なぜ三輪の金座なのか。なるほど、そう言われればそうだ。ここは金座頭の谷八右衛門の屋敷だ。主人は上方《かみがた》へ出張して目下不在中である。その留守宅へ、これらの連中は江戸の東西南北を遠しとせずして、定刻にほぼ集まっている。
その集会の目的が「悪食《あくじき》」であることは勿論《もちろん》である――悪食というのは、イカモノ食いにもっと毛を生やしたもので、食えないものを食う会である。つまり、食えるものは食い尽した者共の催しであるから、集まって来た者の人格のほども、ほぼ想像がつくのであって、神尾に幾分割引をした程度の者か、或いはそれに※[#「しんにゅう」、第3水準1−92−51]《しんにゅう》をかけた程度のものが集まっていると見れば
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