所在がわからない。あの頭上の衣類の中に隠されてでもいるのか、そうでなければ、これは一本だけ特に長いのを伊達《だて》に差す遊侠無頼《ゆうきょうぶらい》のともがらででもあるのか。

         二

 田山白雲が、まだその辺に疑問を持ちながら、多大の好奇心を以てながめていると、右の男の泳ぎっぷりが痛快で、たしかにこのごろはやる水府流を行っているようだ。深いところはあんなにして抜手を切り、中辺のところは乳あたりまで浸して悠々と横行し、浅瀬はしゃんしゃんと飛沫《ひまつ》を切り、かくて河を三分の一あたりまで突破して来た時に、後ろから、かなりの狼狽《ろうばい》と怒罵《どば》とを含んだ叫び声が起りました。
「おーい、どこ行くでア、戻って来もせやい、てんことない、渡場《わたし》を素通りしてはいけねえでば、川破りの罪になるべちゃあ、川破りの罪はお関所破りの罪と同じだべや、戻って来もせやあい」
 右の通りハッキリ聞えるわけではないが、向う岸で声をからしての怒罵号叫は、渡場を守るところの船頭共がこうも言ってさわいでいることに間違いはないのです。
 つまり、この裸男の直接行動は、渡場というものの掟《おき
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