百六

 金助改めびた[#「びた」に傍点]公が、神尾主膳をそそのかして外へ引っぱり出しました。びた[#「びた」に傍点]公がそそのかした建前《たてまえ》を聞いてみると、今日の正七ツ時――悪食の会、ところは三輪の金座――というところになっていて、神尾もそれを先刻御承知のもののように、一議に及ばず出動ということになったのだが、悪食の会は悪食の会でよろしいとして、三輪の金座とはどこだ。
 金座といえば、一昨年焼ける前まで、日本橋の金吹《かねふき》町に在《あ》ったはずだが、それが、三輪方面へ移転したという話は聞かない。では、銀座の間違いではないか。銀ブラ――道庵先生でさえハイキングをやる世の中だから、この両デカダンが銀ブラを企てることもありそうなことではあるが、当時にあっても銀座といえば、やっぱり京橋から二丁目あたりの地名ではあるが、電車も、バスも、円タクもない時代に、根岸からではブラブラの区域にならない。
 果してこの二人は、江戸の中心地を目指して進んで行くのではなく、根岸から東北へそれて行くのは、当然、びた[#「びた」に傍点]が先刻言明した通りの、三輪あたりを志すものに相違ない。根岸から
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