らようやく、金助改めびた[#「びた」に傍点]公が、今日ここへ神尾をそそのかしに来た来意のほどを申し出る段取りになりましたが、その問答は、
「時に、今日は例の悪食《あくじき》の御報告を兼ねて推参、ぜっぴおともが仰せつけられたい――ところは三輪《みのわ》町の金座――時間は正七ツ――」
ということの誘いでした。
「行こう」
 神尾が一議に及ばず賛成したものですから、
「有難え――」
と仰山《ぎょうさん》らしく、びた[#「びた」に傍点]助が自分の頭を叩いて、そうして、駕籠《かご》を、乗物をというのを断わって、神尾が、
「三輪までは一足だ、ブラブラ歩こうではないか」
「結構でげす、金座へ向けてブラブラ歩き、これが当時はやりの金ブラでげす」
 神尾主膳は、縮緬《ちりめん》の頭巾を被《かぶ》って三ツ眼の一つにすだれをおろして、一刀を提げて立ち上ると、びた[#「びた」に傍点]はころころしながらその後について、外へ出かけたのですが、その目的地は今もびた[#「びた」に傍点]公が言った通り、三輪町の金座――というところであり、その目的は悪食――にある。けだし、相当のものであろうと思われる。

       
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