ようという奴等だ、貴様たちの手に乗るような甘口ばかりじゃない、日本の国を覘《ねら》って来る奴等だ、貴様たちの一人や二人丸呑みにするのは、蛇が蚊を呑んだようなものだ。それを思うと、あの女をはじめ貴様たちをあいつらに近づけたのは、こっちの大きなぬかり[#「ぬかり」に傍点]だ、うっかり甘口に乗った神尾主膳ののろさ加減を、今つくづく考えていたところだ。毛唐を舐めてもの[#「もの」に傍点]にしてやろうと企んでいる奴等が、舐められている、貴様も舐められている、お絹なんぞは、頭から尻尾《しっぽ》まで舐められている――」
 こう言って、神尾主膳の三つの眼が勢いを加えて、また乱舞をはじめました。

         百二

「それが、いけやせん」
と鐚は扇子を斜《しゃ》に構え、
「すべて、敵をはかるは味方より、というのが軍法の極意でげして、従って敵を舐めんとすれば、まず味方を舐めさせて、甘いところをたっぷりと振舞って置くのが寸法でげす。いかにも仰せの通り、海山を越えて、この尊王攘夷《そんのうじょうい》の真只中へ乗込もうて代物《しろもの》でげすから、たとえ眼の色、毛の色が変りましょうとも、一筋縄の奴等じゃ
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