落ちつかない」
「そりゃそのはずでございます――お絹様は遠大なる目的を以て、異人館に乗込んでいらっしゃる、その遠大なる目的の、遠大なる所以《ゆえん》に至っては、どなたよりも、こちらの殿様が御承知のはずでいらっしゃる、それをいまさら改まって、お絹はラシャメンになりきったのか、キシメンにのしきったのかというようなお尋ねは、いささか水臭いおたずねじゃないかと、びた[#「びた」に傍点]は心得ます」
「うむ――それはそんなものかも知れないがな」
と神尾は、強《し》いて癇癪をおしこらえるように、言葉を胸の中へ一ぺん送り返して、また言いました、
「そりゃ、そんなものかも知れないが、世間には木乃伊《ミイラ》取りの木乃伊というのがある」
「これはまた我々共を御信用ないこと夥《おびただ》しい、いささかな邪推、中傷……マダム・シルクに限って――それに参謀として目から鼻へ抜けるボーイの忠作君、また物の数ならねどかく申す鐚助」
「そいつらがみんな甘いものだ、なめたつもりで総なめに舐《な》められるなよ、毛唐《けとう》の方が役者が上だ、毛唐とはいえ、あいつらは海山を越えて、嫌われ抜いているこの国へやって来て仕事をし
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