た武芸の稽古より、仕込まれない外道《げどう》の稽古の方が面白くなってしまったのが、この身の破滅だよ」
「につきまして、憎いのは、あのお絹様て御しんぞ[#「しんぞ」に傍点]なんでげす」
「どうして」
「憎いじゃがあせんか、肉を食っても足りねえというのが、あの御しんぞ[#「しんぞ」に傍点]なんでげす、憎い女でげす」
「どうして、お絹がそんなに憎い」
「先殿様に、それほど御寵愛《ごちょうあい》を受けておりながら、その若様を、そんなにまで破滅に導いた、その有力な指導者は、つまり、あのお絹様じゃあがあせんか」
「いや、そういうわけでもないよ、あいつだけが悪いのじゃない――」
と言ったが、神尾主膳はここでまた、むらむらと浮かぬ気になりました。
「鐚《びた》!」
 本名の金助を、神尾は「金」では分に過ぎるからと言って、鐚と呼んでいる。そう呼ばれて、こいつがまた納まっている――

         百一

 いったん緩和しかけた神尾主膳の癇癪《かんしゃく》が、その時にまたむらむらっときざ[#「きざ」に傍点]して来たのは、お絹という名を呼ばれたその瞬間からはじまったらしいのです。
 そんなことにお気のつ
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