すよ、変った気色《きしょく》でげすな、いわば正しからざる気分でげしょう、正は変ならず、変は正ならず、変は通ずるの道なり、君子の正道じゃあがあせん」
「くだらないことを言うな、今おれが言った変な気というのは、貴様にいま言われて、なるほどそうだと気がついたのは、おれの家も旗本では武芸鍛錬の家で、おれも子供の時分から相当武芸を仕込まれていたことだよ、ことに槍に於ては、手筋がよくて、師匠からも見込まれたものなんだ、それを貴様、どこで聞いて来た」
「でげしたか。さような真剣な御質問でげすと、鐚助も恐縮――どこで聞いたとおたずねになりましても、よそほかから伺うところもございません、お絹様から伺いやした」
「そうか、あの女は、おれの子供時分からのことを知っている、知らないにしても、人から聞いているだろう」
「まずその如くでげす、大殿様が、あれでなかなか武芸のお仕込みはやかましくていらっしゃったものでげすから、幼少の折より若様へは、みっちり武芸をお仕込みの思召《おぼしめ》しで、ずいぶん厳しかったものなんだそうでございます」
「その通りだ、子供の時分から、いい師匠についてやらせられたのだ、だが、仕込まれ
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