見でもなかったでごいしょうが、兵法を講釈のついでに、江戸のお城を攻めるにはどうしたらいいか、どこからどう攻めれば落し易《やす》いとか、そういうことを例えに引いて話したのが悪かっただねえ、そればかりじゃねえ、諸国の地理のことも、裏から裏まで、ちゃんと頭の中にそらんじておいでなさるし、あの城には弓矢がどのくらいあって、鉄砲がどのくらいある、いざと言えば、何人の人が、いつどこへ集まる――ということまでちゃんと心得ておいでんさったのだから、将軍様も怖くなったのでごいしょう、こういう人物にもし勢《せい》がついて、誰か謀叛気《むほんぎ》のある大名でも後ろだてになった日には、由比の正雪の二の舞だ、というようなわけでごいしょう。人間も馬鹿じゃいけねえが、そうかといって、あんまりエラ過ぎると危ないでさあ。大弐様なんぞは人物があんまりエラ過ぎて、時勢の方が追いつき兼ねたです、つまり時勢よりも、人物の方がエラ過ぎたというわけで、とうとう首を斬られてしまいなさった。そのくらいだから、近年まで、誰もお墓に参詣するものなざあありゃしやせん、エライ人だということはわかっていても、うっかり参詣なんかしいしょうものなら
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