のみ込みであるとは思うが、しかし、他国から来た人がこうして、だいに[#「だいに」に傍点]様、だいに[#「だいに」に傍点]様と無造作《むぞうさ》に問いかけるところを以て見れば、あまねく世間が知っている名前に相違ない。ところが与八は一向それを知らない。
人が知っていて、与八が知らないことは、だいに[#「だいに」に傍点]様に限ったことはない。現に木喰五行上人《もくじきごぎょうしょうにん》のことなども、与八はいっこう知らない間に人が知らせてくれた。自分は武蔵の国から出て来て、いま隣国の甲斐の国にいることだけは知っている。甲斐の国へ来て知っている人といえば、自分の身辺に触れて来た人のほかには、古いところで武田信玄公――そのほかには、ちょっと与八の頭では思い出せない。思い出せば水晶ぐらいのものです。
そこで、だいに[#「だいに」に傍点]様のお墓といって、お婆さんから先刻御承知のもののように尋ねられて、つかえてしまったのは是非もないので、まことに済まない面をして与八が次の如く申しわけをしました。
「わしは、この土地の生れでねえんでございますから、何も存じません、親類身よりもこの土地にはねえんです
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