なのが、土間の炉端の床几《しょうぎ》へ腰をかける匆々《そうそう》、こう口走ったのを、他の人数と同様、白雲も、更にその詳しい説明をここで聞いて置きたい気持になりました。
 よし、事のついでだ、ここで一番、川魚でもあぶらせて、腹をこしらえてやろう。こっちもこれから前途相当に多事である。なんにしても腹をこしらえてのことだ。
 白雲は、どっこいしょと腰を据え直し、持参の割籠《わりご》を開きにかかりました。

         十

 割籠を開いて、川魚をあぶらせ、腹をこしらえながら田山白雲は、向う岸から新来の乗合客のゴシップを聞いていると、最初に齎されたところのもの以上には詳しいことを知ることはできなかったけれども、要するに、南部の家老の非常に美しいので有名なお嬢様を、そそのかして連れ出した悪い若侍がある。悪い奴だけれども美しい男で、それに腕が利《き》いているのだということ。もう一つ別に盛岡の城下で、身分の軽からぬものを斬って立退いたものがある、その探索をも兼ねてあの役人が出張したということ。
 右のうち斬捨てられた軽からぬ身分の者というのが、どのくらいの程度のものであるかよくわからないが、ど
前へ 次へ
全551ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング