与八も鈍感な頭をめぐらして、このお婆さんの、皺《しわ》くちゃな身体を見直さないわけにはゆきませんでした。
 しかし与八は、必ずしもそのことを疑いはしませんでした。与八の頭は、何事でも無条件に信じ得るような頭になっているのですから、むしろただ、そういう人が、今、お婆さんの形をとって、自分の眼の前に現われてくれたことの大いなる驚異に目をみはって、あらためてお婆さんの皺くちゃな身体を見直したまでのことです。

         九十

 やがて、お婆さんがお湯から上ると、与八は郁太郎を背負い、この浴場からお婆さんを導いて、自分の教場へと連れて来ました。
 教場といっても、それは特にしつらえた建物ではない。暴女王お銀様がこしらえた悪女塚を取崩して、そこへ構えこんだ与八小屋が、おのずから教場となり、校舎となっている――そこへお婆さんを連れて来ると、早くも子供たちが群がって来ました。
「与八さん、お早う」
「おじさん、お早う」
「先生、お早うございます」
「こんにちは……」
 いつか、彼等が一通りの礼儀を心得るようになっている。初めに子供たちが遊びに来た時分には、お辞儀などをする殊勝な奴は一人もな
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