この富士のお山こそ天地の魂の集まり所であると、こうお開きになり、天地の始め、国土の柱、天下国治、大行の本也《もとなり》、とお遺言なさって、正保の三年に、富士の人穴で御帰幽なさいました」
そこで富士の霊山こそは、日本の国の秀霊であって、それと同じように、日本の国は万国の秀霊であるということの信仰。富士山こそは天下泰平国土安穏の霊山であるから、この霊山を信じ、祈ることによって、国家安穏の大願が成就する。この身体を清めて、肉体の難行苦行に堪えることが、一切のけがれから脱却する最大の手段であること。そうしてこの心霊を練ることによって、神人合一の妙所に到り得るものであるというようなこと――を、事細かに説いては与八に聞かせました。
与八は、いちいちそれを頷《うなず》いて聞いている。それからお婆さんは、自分の今度の旅行も、この故に富士山へ登山参詣をして来たその戻り道であるということを聞かされて、与八もこれには実際的に多少の驚異を感じたようです。というのは、七十以上のお婆さんの身で、真夏でもあれば知らぬこと、もう晩秋といってもよい時分に、単身で富士登山をしての戻り道だということを聞かされてみると、
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