で、郁太郎を抱いて新湯を試みました。
ある日、与八が余念なく入湯していると、その姿を立って眺めているお婆さんが一人ありました。このお婆さんは、きりりと身ごしらえをして、かなり道中の雨露を凌《しの》いで来たと見られる手甲脚絆《てっこうきゃはん》をつけて、笈摺《おいずる》のようなちゃんちゃんこを着て、そうして、草鞋《わらじ》がけで竹の杖をつき立てて、番台の下まで進んで来たのですが、どうしたものか、そこですっかり与八をながめ込んでしまったのです。
与八は、そんなことにはいっこう頓着なしに、しきりに郁太郎を手拭で撫でさすっておりましたが、やがて、眼を上げて見ると、番台の下に矍鑠《かくしゃく》たるお婆さんが一人、突立ってこちらを見ているのに気がついて、急に大きな頭を一つ、がくりと下げ、
「お早うございます」
と、例によって、馬鹿ていねいに挨拶しますと、右のお婆さんが、
「お前さんは、いい人相だねえ」
挨拶を返すことを忘れて、惚々《ほれぼれ》とこう言って感歎の声を放ちます。
「へ、へ」
与八としては気のいいえがおをもって、お婆さんの感歎に答えるだけでした。
八十四
「
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