、それは血の塊りでありました。
その血を次第に点検して行くと、あちらの間の六枚の屏風の下のところに、小さな物が一かけ落ちている。熟視すると、それは殺《そ》ぎ落された人間の小指一本であります――
ややあって、お銀様は火箸を取って、その小指をつまみ上げて、懐紙の上に載せて見ました。
言うまでもなく、今のあのならず者が落して行ったかたみである。その名残《なご》りとして、そこから点々と血の滴りが糸をなして、自分の座敷を横断している。
お銀様は小指を包んで、一方にさし置き、それから、雑巾を提げて来て、畳の上の血の滴りを静かに拭いはじめました。
その間、向うの座敷でも何とも言わず、お銀様もまたその仔細をたずねようともしなかったのですが、あの白々しい取引があれまで進んで、いざ、現なま[#「なま」に傍点]を渡そう、受取りましょう、というところになって、不意にこんな現象が出来《しゅったい》してしまった。
お銀様としても、いまさら指一本ぐらいのことで、仰々しく騒ぐのも大人げないと信じたのでしょう。また、たとえあんな奴にしてからが、ここで真向梨割《まっこうなしわ》りにでも成敗された日には、あとの
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