極めて円満に成立したのだが、数字的にはなんらの具体化がない。万事相当のところで、且つその上に骨折り賃まで添えて買ってやるとまで出たが、その相当のところという評価の数字が両者の間に一致しているわけではない、相当といって相当以上を渡されるのか、その以下をあてがわれるのか、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎も度胸を据えて、わざと数字にはこだわらないでいると、先方から、
「さあ、渡すから手を出せ、右の手を」
「あつ、つ、つ」

         八十二

 不意に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の奴めが、
「あつ、つ、つ」
と叫びを立てて飛び上ったので、さすがのお銀様も思わず座を立ちました。そうすると、やにわにがんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、その前を横つ飛びにつっ切って、座敷の外へ飛び出したかと思うと、入って来た時のように、物静かに姿を消してしまいました。要するに、もとはいって来たところから逃げ去ってしまったものでしょう。
 いったん驚いて立ち上ったお銀様は、座敷の中を見ると、畳の上にぽたぽたと落ちて、線をひいているものがある。行燈《あんどん》を提《さ》げて来てよく見るまでもなく
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